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1 好敵手たち──水野エリカ──

 手応えがあった。確実に私の正拳が紺野の顎を捉えた。一瞬脳が揺さぶられ、下半身から崩れるように倒れていく姿を見て、「足にきたな。あの状態で押さえ込めば、足の反動で肩を上げることも力が入らなくて出来ないはず」と思ったが、既に立つための力を使い果たした私も全身の力が抜けて崩れ落ちた。
 しかし勝機はここしかない。私は這うようにしてなんとか紺野の体に乗る事が出来た。もし紺野がうつぶせに倒れたのなら、肩を付けるために裏返さないといけないが、私にはそんな力なんて残っていない。紺野が仰向けに倒れてくれたのは幸運以外のなにものでもなかった。
「──スリーッ!」
 カンカンカン!
『8秒片エビ固め、水野エリカ選手の勝ち!』
 ……8秒……。たったそれだけの時間しかたっていなかったのか。私にはもっと長時間に感じられたが……。

 まだ足にきている紺野がふらつきながらレフェリーに詰め寄っている姿が見えた。
「さっきのはパンチだろ!? グーで殴るのは反則じゃないのか!?」
 悪いね、紺野。確かに私は反則を犯した。でも、ファイブカウント以内の反則はお咎め無しなのもプロレスなんだ。
 リングアナウンサーの
『ニューホープカップ優勝者は水野エリカ選手!』
 というアナウンスを、私はセコンドの肩を借りながら聞いた。
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