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1 好敵手たち──水野エリカ──中谷はレフェリーに自分の負けを説明されると、悔しそうに両手でマットを叩いてリングを後にした。その後の優勝決定戦は、もうスタミナはほとんど残っていなかった。ここまで疲労困憊の状態なら、体が温まっているぶん私が有利という図式は全く当てはまらない。いったん控室に戻って、休憩を挟んでから試合だったけど、短時間の休憩ではスタミナもほとんど回復しなかった。私は一人では歩けない状態で、セコンド二人に肩を抱えられて入場した。そんな状態なのに試合するのは、我ながら馬鹿げていると思う。しかし、どんなに馬鹿げていても引くに引けないものがある。 百人に聞いたら百人が私の負けを予想するだろう。しかし、千人、いや一万人に聞いたら一人くらいは私が勝つと予想する人もいるかもしれない。勝てる可能性は限りなくゼロに近くても、決してゼロではない以上、逃げるわけにはいかないのだ。なぜなら相手が紺野だから。他の相手なら棄権していたかもしれない。紺野が相手だからどんなに馬鹿らしくても絶対に逃げてはいけないのだ。 試合開始のゴングが鳴った。セコンドはリング下にいるので私はもう歩く事は出来ない。ただ立っているだけだ。しかも軽くポンと叩かれただけで倒れてしまうくらいの状態だ。 紺野は私に向かって突進してきた。アマレス仕込みの両足タックルを狙っている。 私に出来る事は、ただ成す術もなく倒されるだけか。 いや、いま私は歩く事は出来ないが、立っているだけの力はかろうじて残っている。その残された力の全てを一発にぶち込めば……。 紺野が寸前まで迫ってきた。 「──ここだ!」 |
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