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1 好敵手たち──水野エリカ──

アウトギリギリで中谷を残して私だけリングに滑り込めばそれは実現できる。いや、ダメだ。それでは客から卑怯だとか不透明決着だとか言われる。白黒ハッキリした、それでいて中谷が一度も経験の無い負け方……。それはピンフォールだ。スリーカウントを奪ってやる。しっかり中谷の両肩をマットにつけてカウント三つ入れてやる。
 しかし、それは難しいことだということも私は理解していた。中谷は受身は抜群に上手い。前座組の中では間違いなく一番だ。それどころか中堅・トップクラスでも中谷より受身の下手な選手がいるくらいだ。それだけ受身が上手い中谷。しかも前座では派手な大技は一切禁止されている。それではスリーカウントを奪うだけのダメージを与えるような投げ技は使えない。
「私の培ってきた空手の技術……。打撃でスリーカウントを奪うか……」
 私はガードががら空きになっているのを確認すると、一気に中谷の側頭部に強烈な上段回し蹴りをヒットさせた。中谷は見えない場所から飛んでくる私の蹴り足をまともに喰らい、マットに崩れ落ちる。
「フォール!」
 私は叫びながら倒れている中谷に覆い被さった。これで決まったと私は思っていた。しかし──。
「ワン! ツー! ス……」
 レフェリーのカウントが止まる。レフェリーのマットを叩く手があと数センチという、本当にギリギリのところで中谷が肩をかろうじて上げたのだ。
 私のミリ単位で急所を打ち抜くキックをまともに側頭部に喰らったら、スリーカウントどころか試合終了後も失神したままのはずだ。
「ポイントをずらされた……? そんなバカな……。中谷は柔道出身だから打撃への免疫は無いはず……」
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