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1 好敵手たち──水野エリカ──

 そう、たとえここで私が引退に追い込まれたとしても、棄権する方がよっぽど悔いが残る。でも私は今日を最後のリングにするつもりは全く無い。なぜなら、次の試合には絶対に勝つからだ。


 中谷との再戦で、私は「ああ、中谷もやっぱりまだ新人なんだな」と感じながら戦っていた。私のテーピング姿を見て攻めに戸惑いがあるからだ。負傷した部分をあえて攻めるのは勝負の鉄則。さっきの試合は私の油断負けだということを中谷も解っているはずだ。まともにいったらどうなるかは解らない。しかし、私の腕を攻めれば中谷は確実に勝つはずだ。
「中谷ッ! なにやってんだ! 腕を狙わないと私には勝てないよッ!」
 私は中谷に向かって叫んだ。
 もっとも、私は相手が怪我をしていた場合、その箇所を攻める事はしたくは無い。プライドが許せないわけではない。負傷しているということは、車のレースに例えればタイヤが一つパンクした状態で勝負に挑むようなもので、最初からこちらが有利なのは目に見えているからだ。中谷もそういう考えの持ち主だとしたら、たとえ腕を攻めなくても私は危ないと思う。しかし、中谷は単純に私のテーピング姿に動揺しているだけだった。
「勝負あったな」
 私は勝ちを確信した。しかし、ただ勝つだけでは面白くない。中谷がデビューしてから一度もしたことの無い負け方をさせてやろう、と私は思った。ギヴアップ負けとレフェリーストップ負けは中谷は経験がある。中谷は反則なんてしないタイプだから反則負けを狙うのは難しい。リングアウト負け(場外に出た選手が二十カウント以内にリングに戻れなかったら負けになる)を狙うか。場外戦に誘い込んでカウント
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