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1 好敵手たち──水野エリカ──

「本で見たんだけどさ、男子プロレスの世界では、新人が入門すると、こいつは長男、こいつは次男、という風に格付けをするんだって」
 移動バスの中で、誰かが言っているのが聞こえた。
 男子だけじゃないよ。女子だって…。
 さしずめ、紺野が長女で私は次女ってところか。

 ニューホープカップが開幕した。私は初日の試合を早々に済ませると、控室に戻らずにリングサイドに陣取った。次の試合で中谷と紺野の公式戦があるからだ。
 私だけでなくほかの選手も、連戦にダメージを残さないように、初戦は客受けする要素よりも実戦向けのスタイルで行っていた。トーナメントではなくリーグ戦だから、一つくらい星を落としてもダメージが残らないうちに『まいった』する方が得策だという部分もある。しかし、中谷は前座が誇る一番のエンターテイナーでもある。どのような試合をするのか興味があった。
 中谷も優勝したいという意識があるのか(もっともそれは当然の事だけど)、いつものお客さんを意識したスタイルから一転しているように見えた。しかし、その反面、無理をしているな、とも思える部分があった。どうもぎこちないのだ。勝ちたい。でも、お客さんの目も気になってしまう。そんな感じで動きが固くなっている。中谷の実力なら、勝つことだけに専念する事が出来たなら紺野よりも上かも知れないことを一般のファンやマスコミはともかく、選手はみんな認めている。今や、道場のスパーリングでは無敵に近い。道場スタイルでいけば全勝優勝も決してありえない話ではない。しかし、客は中谷の柔道を基本とした一本背負いなどの投げ技を期待している。そして、中谷というレスラーは期待されたらやってしまいたくなる性分なのだ。だけど、それが中谷の甘さでもある。プロとして客に見せる立場でもある以上、
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