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20R ニューホープ後編

掴む事は出来なくなっていた。それどころか観客相手に試合を“魅せる”という部分も完全に私にお株を奪われている。そこで、自分の思い通りに試合が出来ない事への焦りだ。中山先輩の言う通り、普段と違う事をしてしまったが為に、今の中谷さんはほころびだらけだ。中山先輩は、私の力のこもった技は最後の最後まで使うなと言っていたけど、全部が全部人の立てた作戦と言うのも面白くない。だから中谷さんのソロパートに挟むように私のソロも挿入した。いや、今日の中谷さんの様子を見れば、中山先輩に何も言われなかったとしても同じ展開になっていただろう。そう、紛れも無く、私自身のリードで完全にこの試合を掌握しているのだ。
 現在、試合は攻守が目まぐるしく入れ替わる状態。誰が見てもどちらが勝つか解らない白熱した接戦、だ。もっとも、そういう流れを演出している私と、その流れに付いて行くしかない中谷さんとでは心理的な部分での優劣ははっきりとしていた。もちろん試合終了のゴングが鳴るまで、何が起こるかは解らない。どれだけ試合の流れを自分の手にしていても、最後の詰めを誤れば、テクニシャンである中谷さんどころか素人にだって負けてしまう、勝負の世界にはそういう部分での恐さがある。もし、今フィニッシュを狙おうとしたら、間違い無く逆転される。私は攻めたり攻められたりしながら、その最後の詰めを誤らないように、試合の決め時を待った。
 中谷さんのエルボーが私の顔面を襲う。まだ決め時ではない。
 私のミドルキックが中谷さんの胸板を鋭くえぐる。まだ決め時ではない。
 中谷さんのアキレス腱固めをもう片方の足を使って脱出する私。まだ決め時ではない。
 私の片逆エビ固めにロープエスケープする中谷さん。まだ決め時ではない。
 中谷さんの張り手。まだ決め時ではない。
 私が張り手を返す。大きくのけぞり、体勢が崩れる中谷さん。
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