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20R ニューホープ後編

「本当に愛ちゃんの腕、動かないの?」
 と小声で聞いてきた。
「その質問は卑怯ですよ。仮に演技だとしても私の口から腕は動きますなんて言える訳無いじゃないですか」
 私も小声でそう返すと、足の力で中谷さんを押し倒した。そして、場外に中谷さんを残し、リングに上がる。そして、中谷さんがリングインするまでの間、私はコーナーマットに両腕を叩きつけたり、自らの腕に(軽く)噛み付いて見せた。何が何でも腕の感覚を取り戻そうとしているかのように。
 中谷さんがリングに上がったところで私は組み付いた。そしてボディスラムの体勢に入る。中々持ち上がらない。しばらくその体勢を維持してから、二階の客席にも聞こえるほどの大声で叫びながら中谷さんの体を持ち上げた。ついに山神の腕の力が戻ったと客席が大きく沸く。この歓声を聞きながら、観客は完全に私に感情移入している、と確信した。
 中谷さんのソロパートはこのくらいでいい。後は勝敗が決するまで、二人でハモるパートだ。最初が中谷さん、次に私、さらに次が中谷さんがソロを演じ、最後にハモる。攻守のバランスとしては中谷さんが攻めて私が受ける時間の方が長い。結果的には中山先輩が言っていた作戦のように、受け身主体の中谷さんに対して私が逆に受けに回ったのと同じような状態になった。
 中谷さんの顔を見ると、明らかに普段の試合のように自分がイニシアチブを握れない事による焦りが浮かんでいた。その表情がポーズでは無い事は、NJWPで一番中谷さんと付き合いの長い私にはよく解る。今日の試合で中谷さんは二つの事で焦っている。ゴング前から飛ばしてきたのは、私に実力的に並ばれたという焦り。だからその焦りを払拭する為に、強引に自分の流れに持ってこようとして飛ばしてきたのだ。だけど受け身主体の中谷さんが最初から飛ばすという時点で、既に自分が試合の流れを
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