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20R ニューホープ後編ここでようやく、中谷さんの攻めが本当に止まった。が、中山先輩が言っていた作戦のように私があえて受けに回っているのではなく、成す術もなく攻められ続けていた事で完全に気が動転していた。“あの”中谷さんが最初から飛ばしてきた。 中谷さんの顔を見ると、表情を全く変えずに私に鋭い視線を浴びせていた。普段の楽しそうに試合をしている、時に笑顔が浮かぶ事もあるほどの中谷さんの顔とは全く違っていた。 そうか、そういう事か。最初のゴング前の張り手は、言ってみればリーグ戦での試合後の私の張り手に対する“返し”だろう。でも、それだけなら、レフェリーがそれに注意して、仕切りなおしてからゴングが鳴るはずだ。ところが実際は、中谷さんはレフェリーが止める前に攻めてきた。仕方なくレフェリーはゴングを鳴らした。つまり中谷さんは、私のことを普段のセオリー通りに試合できない程の相手だと見なしているんだ。何のことは無い、私は今まで中谷さんの背中を追っていたと思っていたけど、当の中谷さんは既に私に横に並ばれていると思って焦っているんだ。 思わず私の顔から笑みがこぼれた。既に対等の関係なら、中谷さんの事を先輩だと思う必要はどこにも無い。リングを降りればあくまでも先輩と後輩ではあるけど、こと試合に関しては全く臆する事なんて無いんだ。 笑みを浮かべた私を見た中谷さんの顔が一瞬驚愕の表情に変わった。今だ! 私は素早く立ち上がり、体勢も出来上がっていない中谷さんの顎を目掛けて、ジャパンレディースとの対抗戦で石破選手を仕留めたのと同じように手加減無しのキックを繰り出す。ダウンする中谷さん。しかし私はフォールには行かなかった。中谷さんは打撃のポイントを瞬時にずらしてダメージを最小限に押さえる天性の反射神経がある。キックに関しては空手出身である水野さんの方が私よりも上だろう。だけどその水野さんでさえもキックで中谷さんを倒す事は出来なかったのだ。 |
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