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18R ニューホープ前編

「私は負けてない! 負けてないってば!」
 私が納得できなかったのは、残り時間たった一秒、という事だ。仮にレフェリーストップだとしても、もっと早く止めたのなら諦めもつく。たった一秒なのに試合を止める意味があるのか、という事だ。明らかに大人気ないという事を百も承知で、私はあえて抗議し続けた。
「レフェリーストップなら、そのようにアナウンスする。技の名前を決まり手としてアナウンスしたという事は、ギヴアップしたという事だ」
 とレフェリーは私に言った。
「だから、参ったなんてしてないって!」
 そこに、中谷さんがそばに寄ってきた。
「愛ちゃん。残念だけどね、『参った』という愛ちゃんの言葉、私にもはっきり聞こえたよ。たぶん無意識に言った事で、愛ちゃん自身は覚えてないだろうけど」
 中谷さんのこの言葉に、私は頭の中が真っ白になった。
「ほ・本当……ですか……? 私、参ったって言ったんですか……?」
 レフェリーは黙って頷いた。
 なぜたった一秒、我慢できなかったんだろう。幸いにも負傷欠場しなければいけないほどの腕のダメージは無かった。明日以降も試合は出来る。だったらあと一秒、我慢しようとすれば出来たはずだ。
「愛ちゃん、まだリーグ戦は続くんだから、あまり気を落とさない方がいいよ」
 中谷さんがそう言いながら、握手しようと手を差し出してきた。が、私は思わずその手を払いのけて、中谷さんの頬に平手を打ち付けてリングを降りた。

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