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16R 不慮の勝利があったはずのその位置には、顎があった──。私の情け容赦のない全力のキックはまともに石破選手の顎の先端に炸裂した。石破選手の体はまるで木が倒れるかのように崩れ落ちた。客席から悲鳴が聞こえるほど、誰がどう見ても尋常でない倒れ方だった。 私は慌てて石破選手に覆い被さり、レフェリーにカウントを取るように促した。今すぐ試合を終わらせて石破選手を介抱しないと大変な事になるような気がしたからだ。レフェリーも異常を察知したのか、まるで速射砲のように三回マットを叩いた。 石破選手が担架で退場した後も、観客席はざわついていた。私はさっきまでの怒りも忘れて「やりすぎた」と思っていた。今にも逃げ出したい衝動に駆られた。 私はセメントを仕掛けたつもりは無い。もちろんシュートなんてやってはいない。あくまで“プロレス”をしたつもりだった。でも本当にそうだったんだろうか。 大技が無くとも勝てることを見せ付けるという意味では客の目を意識しているのでセメントではないはずだ。最後のキックにしても、胸を狙ったので決してシュートでも無い。顎に入ってしまったのはただのアクシデントだ。でも、だからと言って、セメントでもシュートでもないからプロレスだと胸を張って言っていいのだろうか。 |
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