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16R 不慮の勝利記憶はあやふやではあったけど、シュートではなく普通のプロレスで勝負してやるという思いだけはあったことは覚えている。石破選手は私の表情に一瞬たじろぎながらも 「さ・さすが、長谷川さんを追い込んだだけの事はある……。よく立ち上がれたわね……」 と言ったが、これがこの試合での最後の言葉だったとは彼女も思っていなかっただろう。実際この後、彼女の口からは、言葉ではなく、悲鳴とうめき声しか出なかった。 次の瞬間、私のミドルキックがまともに石破選手の胸元をえぐった。 普通、プロレスにおいての打撃技はある程度力をセーブするものだ。なぜなら、まともにパンチやキックが決まればその瞬間勝負が終わってしまうからだ。K1やボクシングなどならそれでもいいけど、プロレスの場合はそうはいかない。プロレスにおいての打撃技はフィニッシュとしてではなく痛め技・繋ぎ技として使う場合が多いので、これで決める、という場合を除けば決して全力で打ったりはしないのだ。ただ、これにも例外がある。喉から上や鳩尾より下には急所があるけど、その中間、つまり胸には急所が無い。だからどのレスラーも胸への打撃には全く容赦せず、一切手加減などしない。逆に言うと、胸への打撃に耐えられないようではプロレスラーを名乗る資格など無いのだ。 この時の私のキックは最初から胸に狙いを定めていたので、当然ながら全力で叩き込んだ。石破選手の体は、リング中央からコーナーマットまで、文字通り吹っ飛んだ。石破選手は、コーナーにもたれつつ、痛みに顔を歪ませながら、信じられないという顔で私を見た。しかし、どんなに信じられなくても、キック一発で三メートル以上吹き飛んだのは紛れも無い事実だ。 |
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