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16R 不慮の勝利

 そう、デビュー戦の相手というものは、まだ実戦に慣れていない、素人に毛が生えた程度の新人相手に上手く受けて光らせる、尚且つ先輩と後輩の差を見せ付けれるだけの実力がある選手でないと立派に務めることは出来ない。私のデビューの相手が中谷さんだったけど、この場合の中谷さんは完全にこれらの条件を満たしている。
 ところが晶ちゃんの相手は、まだ自分で試合を組み立てる事が得意でない私だ。この時の私もかなり緊張していた。その結果、あろう事か、ファンから見て中谷さんに並ぶ前座の花形レスラーである山神愛がデビューしたばかりの如月晶に負けてしまうという大失態を演じてしまったのだ。もっとも、次の試合で私は晶ちゃんを必殺カカト落としで秒殺したので、汚名は返上できた“はずだった”。
 しかし、私のこの大失態を、今日の相手、石破茂美選手は突っ込んできた。
 両選手が入場して、リングアナウンサーによる選手紹介が終わり、レフェリーの注意を聞く為にリング中央に行って石破選手と顔を突き合せた時だ。
「山神愛、雑誌にも結構顔出してるからよく知ってるわ」
 いつも立ち読み程度だから、滅多にプロレス雑誌なんて読まない私は、そのあたりあまり自覚が無い。
「あ、どうも……」
 私は曖昧に返事をした。
「あなた、面白いわね。ウチの長谷川さん相手に二対一とはいえ善戦してたでしょ。そう思ったらポッと出の新人にコロッと負けたりするのね」

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