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15R 対抗戦前夜

 と。その私の言葉にタッちゃんは、一流レスラーも真っ青の見事な受身を取った(コケたってことね)。
「そりゃ無いッスよ! ボクは口が固いッスよ! 誰にも言わないから教えて欲しいッス!」
 口が固いかどうかはともかく、本当に知らないのだから仕方が無い。
「私が言えるのは、一般人が聞いているような場所では対抗戦という単語を口にしてはいけないと沙希さんに言われた事だけだよ。それだけは徹底しろって言われて、それ以上の事は話してくれないし、聞いても教えてくれないんだ」
 実際のところ、対抗戦があるというのは上層部では既に決定しているのだけど、私のような下っ端はもちろん、中堅以上のレスラーさえも知らない、というのが実情だ。だから毎日のようにジャパンレディース側と日程の調整の打ち合わせをしている事なんて私は知らない。うん、本当に知らない。たまたま事務所に顔を出したときに、社員の人がそういう電話をしていたところなんて見ていない。本当だって。だから、日取りや全試合のカードが決まるまでは極秘に話を進めるんだってことも私は本当に知らないんだってば。
「……なに、口をパクパクさせてるんスか?」
「え? いや、その……」

 その頃、沙希さんは会場の個人控室(この会場はかなり大きくて、沙希さんのようなトップの選手には個人用の控室が割り当てられていた)で携帯を使ってジャパンレディースの長谷川さんとメールのやり取りをしていた。通話だと誰かに聞かれるかもしれないからだ。

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