もどる

14R シュートとセメント

「でもあの場でとっさにそんな事出来ませんよ」
「プロレスラーは、人に見られてるときは常にプロレスラーを演じてないといけないの。これも一種のプロ意識だからね。まあ、今の愛ちゃんにそこまで求めるのは酷かなぁ……」


 中谷さんの会話を思い出しながら、私は中山先輩と一緒に沙希さんの後を歩いている。でも、なんとなく“同じ所をぐるぐる回ってる”ような気がした。
「あ、あの、沙希さん? どこに行こうとしてるんですか?」
「前に巡業でこの街に来たとき美味しかったイタリアンの店がこのへんにあった筈なんだけど……、どこだっけ」
 やっぱり迷ってたんだ。私がスカウトされた時も、中華の店を探して同じ所を回り続けてたっけな。
 この街は何度も巡業で来ている。だけど、巡業中、二回に一回は沙希さんと食事をするのに、この街に限って沙希さんと食事をした記憶は無い。沙希さんの言うイタリアンの店がどこかも全く見当がつかない。
「人に聞きましょうか?」
「あ、やめて。私が普通の人なら、人に聞くんだけど、山吹沙希というプロレスラーが道に迷うなんて恥ずかしいから」
 これも一種のプロ意識……?
「店の名前覚えてるんなら、タクシー拾えばいいんじゃないですか」
前ページ
次ページ