もどる

14R シュートとセメント

 中山先輩が私ににじり寄ってくる。私は必死に後退する。そのときの私はプロレスラーではなく、ただの恐怖に怯える女の子だった。
「い・いや……。もうやめて……下さい……」
 コーナーに追い詰められた私は、中山先輩に哀願した。
 中山先輩は、表情を全く変えないまま、私の左肩にストンピングしようと、足を上げる。
 私は観念して目を閉じた。しかし、中山先輩からの攻撃は、もう無かった。

 カンカンカン!

 ゴングの音に目を開けると、憮然とした表情の中山先輩が、レフェリーに勝ち名乗りを受けていた。
『セコンドのタオル投入により、中山美子選手の勝ちです』
 タオル投入……。いったい誰が……。

「中山さん! いったいあれはなんですか! プロレスは殺し合いじゃないんですよ!」
 誰かが中山先輩に抗議している。
 中谷さんだった。珍しく顔を真っ赤にして、本気で怒っている。おそらくタオルを投げたのも中谷さんだろう。
「殺し合いって何の話? 私はあくまで普通にプロレスしたつもりだけど」
 中山先輩が涼しい顔で答える。
前ページ
次ページ