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11R 大技

「愛ちゃん。よかった、まだいたんだ」
 そう言いながら沙希さんが入ってきたのは、着替えも済んだ後だった。
「あ、沙希さん。済みません、もうシャワーも浴びたんで、練習に付き合えっていうのは……」
「あ〜、違うの。ただのお話」
 沙希さんはそう言うと片目を閉じた。
「お話……?」
「うん。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
“あの”沙希さんが珍しく猫なで声だ。そんな声出されようが出されまいが、私をプロレスに導いた雲の上の存在でもある沙希さんに『お願い』と言われたら断るわけにはいかない。
「な……なんでしょう……?」
「バカにさ、タックルとかグラウンド(寝技)とか、とにかく基本的な部分を教えてあげてくれない?」
「……バカ……?」
「如月晶よぉ」
 そういえば、沙希さんは何かにつけて晶ちゃんの事を『あのバカ』と言っていたっけ。
「わ・解りました。おりをみて教えてみます」
 私の答えに沙希さんは首をブンブン横に振った。
「そうじゃなくて、明日までに」
「明日まで!? 私だって基本的な部分だけでも覚えるのにすごく時間がかかったのに、たとえ晶ちゃんがすごく物覚えのいい娘だとしても無理ですよ!」
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