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10R プロ

「悔しかったです……」
「でしょ? でも、前の愛ちゃんはそうではなかったのよ。相手が強くて当然だからって、悔しいとは思ってなかった。そうでしょ?」
 沙希さんの言葉の意味を私はようやく理解した。確かに、以前の私は、負けてもそんなに悔しいと思ってなかった。そのくせ、連敗してるのを悩んでたりしてたけど、悔しいと思わずに連敗を悩むなんて、明らかに以前の私は矛盾していた。その上、中谷さんは前座では受けのレスリングのスペシャリストだということを引き合いにして、他の先輩が受けに回ってくれなかったからと、自分の負けを相手の責任にしていた部分もあった。
「今日、負けたあとでマットを叩いたでしょ? あのときの愛ちゃんは、心から悔しがってたわ。なんとしても勝ちたい、負けるのは凄く悔しい、その気持ちが欲しかったのよ。今の愛ちゃんなら、この前私が言ったきれい事って言葉の意味も解るでしょ?」
「ケンカは嫌い、でもプロレスは好きだ、という気持ちではプロの世界ではやっていけないってことでしょうか……?」
 沙希さんは先ほど以上に大きく拍手をした。
「御名答! そうよ。現実の世界ではケンカはよくない事だけど、プロレスの試合では、もうケンカするつもりでいきなさいってことよ」
「は……はい……!」
 沙希さんは嬉しそうに笑うと立ち上がって、座っている私の肩をポンポンと叩いた。
「今日言いたいのはこれだけ。今日はもう遅いから寝なさい。最後に一つ。ケンカするつもりとは言ったけど、それはあくまで心がまえの事、プロレスとケンカは違うよってことで。じゃ、おやすみ」
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