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10R プロ

ていた。そして私は萎縮していた。
 五分経過のアナウンスの前に私は負けていた。

 その日、全試合終了して宿舎のホテルに着いたところで私は沙希さんに呼び出された。
「愛ちゃん、本音で言ってよね。あなた、入門する前、ケンカとか野蛮なのは苦手だって言ってたよね。今でもそれは思ってる事なのかな?」
 沙希さんの言葉に私は少し考えてから
「……今でも野蛮なのはキライです。でも、プロレスはケンカじゃないから……。プロレスで試合する事についてはもう吹っ切れているつもりです」
 と答えた。
「……なるほどね。で、プロレスで、今愛ちゃんが悩んでる事って何かあるかな?」
「一度も勝ててない事……です」
「ふ〜ん。じゃ、あなたがプロレス入りを決意した理由を聞かせて?」
「沙希さんのように……輝きたかったから……」
 沙希さんは、目を閉じて、人差し指でテーブルをトントンと叩いた。しばらくその状態が続く。実際にはほんの一分程度だけど、私には数時間に感じられた。
 テーブルを叩く音が止まった。沙希さんは目を開けると
「きれい事ね」
 と一言。
「え?」
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