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10R プロ

「……へ?」
 すっかり忘れていた。全会場の全試合が電波に乗るという事は、私も放送されるんだ。
「まぁ、カメラなんて気にしないでいいからいつも通りに試合すればいいよ」
 中谷さんが言うけど、私はもう放心状態で、中谷さんの言葉を理解する事も出来なかった。

 私は現在デビューしてから一度も勝てないまま数ヶ月が過ぎていた。今までNJWPの連敗記録は、デビュー直後不振だった中谷さんが保持していたけど、今ではその記録を私が更新している。私のデビュー戦は、数年後に名勝負として語られる事にはなるけど、いい試合と言えるものはそれだけで、それ以後の試合は名勝負どころか好勝負にも程遠い内容だった。中谷さんは「どうしたの? スランプ?」と言うけれど、スランプというものは今まで好調だったものが不調になる場合に使う言葉であって、私の場合はそれが実力の全てだ。中谷さんは私のいい部分を引き出すように試合してくれたので、名勝負になったのだろうけど、他の先輩との試合では私は格好のカモだったため、何もいい所を出せないまま関節の逆を取られたりして試合が終っている。そんな無様な試合が全国に流されるのかと考えたら、さっきまで凄いと興奮していた全試合中継が死刑宣告のように感じられた。


 そしてシリーズが開幕した。
 第一試合、私と池田先輩の試合が始まる。それまでは普通に試合していたものが、今回からは、私の試合にも空席だった実況席にアナウンサーが座っていて、カメラも私と池田先輩の一挙手一投足を数台で追っている。池田先輩は池田先輩で、自分のいい所を放送してもらおうといつも以上に張り切っ
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