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9R デビュー戦

イルの象徴、黒のショートタイツと同じようなものだ。
 水着を着た後で私はあることに気がついた。さっきまではたくさんの客の前でちゃんと試合が出来るかどうかと緊張していたんだけど、よく考えたらその試合をする格好は、水着じゃないの。こんな格好で人前に出るなんて……。試合に対する不安の緊張にプラスして、恥ずかしさも加わり、私の心臓の鼓動はさらに激しくなった。
「愛ちゃん、最近中谷ちゃんを避けているでしょ」
 不意に沙希さんが言ってきたので私は「エッ」と聞き返した。
「なんかバカ(晶ちゃん)が変なこと吹いてるみたいだからね。でも、あいつの言ってる事は半分は正解だけど、半分は外れなんだ。男と密会してくんずほぐれつってのは本当だけど、エッチなことじゃないのよ」
「どういうことですか?」
「中谷ちゃんね、柔道の頃は練習の乱取りなんかで愛ちゃんよりももっと大きな男の人と手合わせすることもあったけど、プロレスの試合で愛ちゃんが相手って言うのは中谷ちゃんにとっても未知の世界なの。愛ちゃん以外で一番背が高い私に、仮想愛ちゃんとして練習相手を頼まれたんだけど、私だって愛ちゃんよりも全然低いからね。だから営業の林クンを貸してあげたんだ。デビュー前にレスラーの夢を断たれた林クンだけど、女子の、それも若手の練習くらいなら充分付き合えるからね。愛ちゃんよりももっと大きな人と練習したら、中谷ちゃんも愛ちゃん相手でもなんとかなるだろうから。後の方になって私も練習に加わったんだけど、あのバカは3Pとかって言ってるらしいね」
 そうだったんだ。全ては私のためだったんだ。私のための秘密特訓だから、他の人には知られても構わないけど私には知られたらいけない、そういうことだったんだ。それを私は勝手に誤解してて……。
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