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9R デビュー戦

無い。ドアノブを回してみると鍵が掛かってなかった。開けて中を覗いてみた。中谷さんが私のノックにも気付かないで寝ていることを期待しながら……。
 中谷さんは、いなかった。
 私は部屋に上がりこんで待つ事にした。

 もう夜も更けた頃に中谷さんが帰ってきた。
「あ〜、疲れた……って、愛ちゃん!?」
 私が部屋にいたことにさすがに中谷さんは驚いていた。
「こんな遅くまで、どこで何してたんですか?」
「そ・それは……、ちょっと……」
 明らかに動揺している。
「私にも言えないことなんですか?」
「う・うん……。愛ちゃんにだけは言えないこと……。でもね……」
「解りました、もういいです!」
「あ、ちょっと、愛ちゃん!」
 中谷さんが呼び止めようとするが、私は無視して部屋を出て行った。この時、私は中谷さんの言葉の意味を考える余裕が無かったのかもしれない。中谷さんは『愛ちゃんにだけは』と言っていた。中谷さんは、他の人にも知られたらいけないようなことならそういう言葉づかいはしない人のはずだ。秘密にしているのは私だけ、他の人になら知られてもいいということは、三禁はけっして破ってはいない明らかな証拠となる。でも、このときの私はそのことさえも気付いていなかった。
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