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9R デビュー戦

「じゃあ、今日はここまでにしようか。後始末は私がするから愛ちゃんは帰っていいよ」
 と言ってきた。
「後始末だったら私がしますよ。中谷さんこそ帰ってください」
「いいからいいから。ちょっとやりたいこともあるし」
「練習ですか? だったら付き合いますよ」
「ん〜、そう言ってくれるのは嬉しいけど、一人でやりたいことなんだよね」
 私は半ば中谷さんに追い返される形で道場を後にした。

 次の日も、そのまた次の日も、中谷さんは私を先に合宿所に帰す、そんな日々が続いた。

「愛ちゃん、愛ちゃんのテーマ曲、これでいいかな?」
 沙希さんがテープをラジカセにセットして再生を押す。エレキギターのカッティングから始まる軽快なイントロ。バナナラマのビーナスだ。
「あの、これはどういう選び方で決めたんですか?」
「愛ちゃんの名字、山神でしょ。神って字があるじゃない。愛ちゃんは女だから、女の神様、女神だよね。ビーナスも女神じゃない。しかも歌詞にマウンテンって単語がある。これって山でしょ」
「でもビーナスって、ギリシャ神話なんかの美の女神ですよね。私なんかに美なんて……」
「またまたぁ。愛ちゃんって女の目から見てもけっこう美人顔だよ。それに、ビーナスは美だけじゃなく、愛の女神でもあるし。歌詞にマウンテンがある女神様、美人顔の愛ちゃん、イメージぴったりじゃない。あと、これは蛇足になるけど、ギリシャじゃなくてローマだよ。ギリシャ神話はビーナスじゃなくてアフロデ
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