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9R デビュー戦

 とも言ってきた。
 橋田先輩はいつでも私からギヴアップを取れるのに、わざと時間を掛けてきた。これがプロの実力だということを私に叩き込むように。私は全く何も出来ないまま時間だけが過ぎていった。
「残り時間30秒!」
 田中先輩がそういったのとほぼ同時に
「愛ちゃん、腕!」
 という声がリングサイドから聞こえた。用事を済ませた中谷さんがいつのまにかセコンドについていたのだ。私は思わず橋田先輩の腕をグイッと掴む。
「そうそう! そこからこの前教えたアレ!」
 私はそのまま関節の逆を取り締め上げた。柔道で言う腕がらみ、プロレス流に言うとチキンウィングアームロック(羽根折り腕固め)だ。橋田先輩の目の色が変わった。慌ててロープに足を伸ばしたところでスパーリング終了のゴングが鳴る。
「橋田ァ、試合ならともかくレフェリーもいないスパーでロープブレークなんて無いぞ」
 と田中先輩の呆れ声が聞こえる。
「いや、今のはマジでやばかった……。中谷! 口出ししないでよ!」
 橋田先輩は舌打ちするとリング下の中谷さんに噛み付いた。
「だってさっき、腕があまりにも無防備だったじゃないですか。試合なら完璧に極められてましたよぉ」
「山神相手だからわざとスキを見せてたんだよ! 中谷がセコンドについてると知っていたらあんな事はしないよ!」
 確かにたとえ緊張してなかったとしても、あの体勢から腕関節を狙えるなんて私は全く気付く事は無か
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