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9R デビュー戦

目の選手慰安旅行)も経て、今や私は、スパーリングで先輩達からタップを奪う事もあるくらい技術的にも向上してきていた。もっとも、全力で行く私に対して先輩は実際の試合に向けて怪我をしないように力をセーブしていた部分があったけど。

「中谷、沙希さんが呼んでるよ」
「はいはぁい!」
 中谷さんが道場を出て行ったのを確認した私は、コーナーポストから、飛び降りずにゆっくり慎重に降りた。
「山神、ちょっと手合わせしようか」
「あ、はい!」
 スパーリングの相手に指名されて、リング上で橋田先輩と向かい合う。
 スパーリングでは、いわゆるプロレス的な派手な技ではなく、もっと実戦的な部分を磨く。お客さんを満足させるための派手な大技も、根っこの部分の強さが必要だからだ。見た目にはアマレスに関節技などが組み合わさった感じの戦い方になる。俗にバーリ・トゥード(ポルトガル語で“なんでもあり”。禁止技を極限まで減らした、闘いにおけるほとんど全ての技が許された試合形式。今は競技としてルールも整備されてはいるが、黎明期にはそれこそ目潰しと噛み付き以外は何でも許されていた。男子の試合では股間の急所を鷲掴みにしてギブアップを奪う事もあったそうだ)と呼ばれる総合格闘技から、打撃技を抜いたような感じがNJWPのスパーリングのスタイルだ。
 私はタックルで橋田先輩をグラウンド(寝技)に持ち込んで、バックを取った。橋田先輩もすぐに呼応して体勢を入れ替え、逆に私の上のポジションをキープする。しかし、腕を取ろうと手を伸ばしてきたとこ
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