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6R 前座戦線

「愛ちゃん、解ってきたじゃない。確かに試合の質は、戦っている選手のレベルによるからね。でも吉田ちゃんは、前座の中ではかなり上のほうよ。紺野ちゃんと水野ちゃんが上手すぎるだけだから」
 沙希さんはリング内の攻防から目を離さないまま答えた。
 試合も中盤を越えたあたりで、中谷さんが吉田さんと組み合ったその瞬間、得意の一本背負いを出した。先日と比べても遜色無いほど見事な投げだったけど、投げが決まったそのタイミングで沙希さんが
「有効!」
 と叫ぶ。すると中谷さんは、先日のように一本決まったと喜ぶ素振りは全く見せずに、投げ切った体勢のまま腕関節を極めた。腕ひしぎ十字固め(と言うよりプロレスの試合だから腕ひしぎ逆十字固めかな)だ。腕が完全に伸びきったところで、吉田さんはたまらず中谷さんの足を叩いた。文句無しのギヴアップだ。
「中谷ちゃんの柔道時代の戦跡を見たら、投げで一本が決まらなかったら、関節技か締め技を使ってたのよね。押さえ込み技は公式戦では一度も使ってなかったの。だから、昨日念を押すように『あなたの投げは一本じゃない』と言ってやった訳。おまけに、さっきの私の『有効』がとどめになったみたいね。柔道の試合で審判に有効と言われたのと同じ感覚で反射的に腕関節を狙った。投げから関節技に行くのは体に染み付いてるから。後はこれを完全にプロレスの方でものにしたら……、昨日の紺野ちゃんの試合でも確実に勝ててたね。とにかく、これで前座もますます面白くなってきたね」
 沙希さんが、レフェリーに勝ち名乗りを受けている中谷さんを見ながら楽しそうに言った。
「中谷さん! やったぁ!」
 私は思わず(表向きでは未だにリングに上がらせて貰える身分ではないのに)中谷さんに駆け寄って
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