もどる

6R 前座戦線

「楷書でいいッスよ。あと、近藤達矢君へって入れてくれたら嬉しいッス!」
 私は色紙の真ん中に大きく楷書で「山神愛」と書いて、左端に彼の名前の漢字を聞きながら「近藤達矢君へ」と書いた。
「沙希さんの新人の頃のサイン持ってるって、かなり年季の入ったファンみたいですね」
 という私の言葉に近藤さんは自慢げに胸を張った。
「プロレス見続けて二十年! その辺のファンには負けないッス!」
 二十年か。私が生まれる前からプロレス見てるんだ。しかしどう見ても彼は私(十八歳)と同じ位かそれよりも若く見える。童顔だけど本当はハタチ位かな。
「赤ちゃんの頃からファンなんですか?」
「そりゃあ、親父もプロレス好きだから、見るだけなら赤ちゃんの頃から見てたと思うけど……、ファンとして見始めたのは小学校に上がった頃ッスよ、二十六歳ッスから」
 沙希さんは確か二十四歳、同級生だから営業の林さんも沙希さんと同い年……。いま私の目の前にいる人はそれより年上……。童顔、若く見える、といえば聞こえはいいけど、ほとんどガキ、じゃなくてお子様だよ……。
 その後私は近藤さんに頼み倒されて、一緒に写真を撮らされてから会場入りした。

 中谷さんは私の話をケラケラ笑いながら聞いていた。
「アハハッ! 追っ掛けのタッちゃんって言えば有名人だよ!」
 近藤達矢……たつや……タッちゃん……?
前ページ
次ページ