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2R スカウト

「な・なにか変な事言いました?」
 沙希さんは私の質問が余りに可笑しかったのか目に涙まで浮かべていた。
「ゴメンゴメン。八百長論者がプロレスを攻撃するのに使う基本的過ぎる質問だったからさ」
 言いながら沙希さんは指を目にあてて涙を拭いた。
「私は若手を教える立場にあるからロープワークも教えてるわ。でもそれは素人が下手にロープに飛ぶと怪我しちゃうからなの。ロープの中は堅い鋼鉄製のワイヤーが入ってるからね。で、他の人はどうだか知らないけど、私はロープに飛ばされたら帰って来ないといけない、なんて教えてないよ。もっとも、帰らなくていいとも言ってはいないけどね」
 帰って来ないといけない訳でもないし帰らなくていいとも言っていない。まるで禅問答みたい……。そんな私の顔を見て沙希さんはクスリと笑った。
「例えば、見た目ド派手な大技があるよね。そういうのって相手に与えるダメージも大きいけど、失敗した時のリスクも大きいの。飛び技なんかは特にね。でもそういう事を気にして体が縮こまってると逆に怪我してしまう。技を受ける方もそう。真っ正面からやられると負けてしまうかもしれないけど受身さえちゃんと取れば怪我しないで済む。つまり試合には負けてもそれだけなのよね。それが避け方が中途半端だと当たり所によっては負けるだけでは済まない、大怪我の危険もあるのよ。だから避けるなら完璧に、あるいはあえて正面から受ける、そういった駆け引きが技の攻防の裏にはあるの。ロープの件も同じ。帰るか帰らないか、それも全て駆け引きな訳」
 沙希さんの言葉を私は理解しようとしたが、考えれば考える程解らなくなってくる。ただ、瞬時に先の先を読む状況判断が必要な「職業」であることはおぼろげながら解った(ような気がした)。
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