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2R スカウト

 その日の昼下がり、沙希さんは東京の事務所の社長に電話をかけていた。
「……そういう事で、今日急遽タイトルマッチにしますから」
『ちょっと沙希、どういうつもり? そんな事許されるわけないでしょ!』
「カード編成は全て私に任してくれる筈じゃなかったですか?」
『タイトルマッチとなったら話は別よ! 今のシリーズの最終戦で既にタイトルマッチ組まれているじゃない、もし今日負けたらどうするのよ』
「その時はリターンマッチにすればいいじゃないですか。全然OKですよ」
『……理由を聞かせてよ』
「凄い娘を見付けましてね、もしウチに来たらとんでもなく強くなる素質のある娘を。その娘にプロレスというものを見て知って欲しいからです」
『松田は了解してるの?』
「もう乗り気で。今日勝って最終戦も返り打ちにするって張り切ってますよ」
 受話器越しに社長の溜息が聞こえた。
『……わかったわ。その代わりその凄い娘ってのがたいした事無いようなら降格も覚悟してよね』
「いやぁ、たいしたこと有るも無いも、スカウトに応じてくれるかどうかも怪しいんですけどね」
『ちょっと沙希!? 何も話が進んで無いのにそこまで予定変更……』
 社長が慌ててまくし立て始めたところで沙希さんは受話器を置いた。そして傍にいる若手に
「社長から電話があったらウォーミングアップ中だから私は出れないって言っておいてね」
 と言いつつ、自分の携帯の電源を落とした。
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