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1:タイムストップ

 彼が目を覚ますと、時間を止めるマシンが無くなっていた。
「しまった、盗まれた! あれは使ってはいけない機械だということが解ったばかりだというのに!」
 恐らく盗んだ犯人は、時間を止める事によって完璧に証拠の残らない完全犯罪でも目論んでいるのだろうと彼は思った。時間を止めている間に遠距離を移動すれば完全にアリバイが成立するので、殺人だろうとなんだろうと理論上は完全犯罪が可能だ。しかし──。

 次の日、銀行の前で男が変死体で発見されたという事件が報道された。
 彼はニュース番組を見ながら
「どんな重大犯罪をやるかと思ったら、時間を止めている間に銀行からお金を盗もうなんてセコい奴だな……」
 と呟いた。哀れな研究所強盗に対する同情など全く無い。
「あのマシンは完璧だった。しかし、完璧だからこそ実用化することは出来ないんだ。なぜなら、マシンを操作した人間から見たら何もかも完璧な形で止まっているからだ。つまり、分子の運動も止まっている。分子の運動量がゼロの世界とは、すなわち絶対零度の世界だ。瞬間的に凍死してしまって当たり前。だから博士は体じゅうのあらゆる組織が壊死していたんだ……」

 数年後、彼は、どんな条件であろうと一定の温度を保つ事のできる防護服を開発した。これを身に付ければ、時間を止めても凍死する事はない。時間を止めるマシンも博士の残した設計図を元に完成させた。しかし、またもや強盗にマシンを防護服もろとも盗まれてしまう。
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