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第十章

 ミノルはため息をつくと直子に
「今日で本当に最後の最後だぞ。今度家出しても、もう知らないからな」
 と言った。直子は肩をすくめながら
「わ・解ってるわよ」
 と答える。
 家出と言うのは嘘だ。直子の旦那がたまたま出張でいないので、帰宅が遅くなっても構わないだけである。今日はミノルと星来に自分の子供を見せようとしただけのことだったのだ。だが、今さら冗談だとは言えない雰囲気になりつつある。ミノルは、仕方ないな、直子だけならともかく赤ん坊を追い出すわけにはいかないし、と完全に納得してしまっているし、星来は星来で、そうだ、赤ちゃん追い出すなんて人間じゃないぞ、と同調している。「今のウソ! じゃ、帰るね」の一言が言えない状況だ。言ったら最後、一人ならともかく赤ちゃん連れた状態でそんな冗談言うなと怒鳴られるのは明白だ。
 引きつり笑いをしつつ星来から鍵を受け取り、赤ん坊を連れて星来の部屋に行く直子であった。

 その日の夜、そろそろ寝ようというときに星来が思い出したように
「赤ちゃん……かぁ……」
 と呟いた。
「え? なんだって?」
「何でもない。電気消すよ」
「おう、お休み」
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