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第十章

「あぁあぁ、可愛そうに。自分の子供を泣かすなんて鬼みたいな母親だな、よしよし」
 ミノルが赤ん坊をあやし始めた。その耳元で
「だから、家出って言ってるの!」
 と直子。
 ミノルは直子に向き直ると
「言っておくけど、ウチには絶対に泊めないからな」
 と言う。
 直子一人で家出というのは今までにも何度かある。だから笑って済まされていた部分があった。しかし、子連れで家出となっては洒落では済まされない。ミノルはいつになく真剣な顔で直子の顔を凝視した。
「だ・誰も泊めてくれとは言ってないよ……。星来ちゃんの家に行ったけど、いなかったからこっちに来ただけで……」
 急にしどろもどろになる直子。ミノルに目を合わせないように、目だけでキョロキョロとする。
 直子の言葉に、星来はポケットに手を突っ込んでなにやら直子に差し出した。星来の部屋のカギだ。
「じゃあ、ウチに泊めてあげる。カギ貸すから勝手に入って寝ていいよ」
「おい星来、甘くすると付け上がるぞ」
「たまにはいいじゃない。誰もいない部屋ってのももったいないし」
 誰もいない部屋と星来が言うとおり、ここ一ヶ月の間、星来は自分の部屋では寝ていない。

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