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第十章

 ミノルの言葉を無視して直子は赤ん坊を差し出した。ミノルは仕方なく赤ん坊を抱いた。が、今度は泣かない。
「うわぁ、男の人に抱かれても泣かないなんて初めてだよぉ。ダンナが抱いても泣く事あるのに」
 直子の言葉に、星来はさらに傷ついた。

 しばらく赤ん坊相手に戯れる三人。ようやく星来が抱いても泣かなくなった頃は、もう夕方だった。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないのか? ダンナの食事もあるだろ?」
 ミノルが言うと直子はにっこりと笑って首を横に振った。
「家出してきた」
「はい?」
 ミノルが聞き返すと
「い・え・で・し・て・き・た」
 と一字づつ区切って言う直子。
「……おい、星来。今、俺、幻聴が聞こえたんだけど」
 言いながらミノルが星来に向き直ると、星来も赤ん坊を抱いたまま呆けた顔をしている。
「直子、俺、明日耳鼻科に行くわ。耳の調子が悪いみたい。いや、頭がどうかしちゃったのかな。それなら精神科にも行った方がいいかな。で、なんだって?」
「耳の調子も悪くなければ、幻聴でも、頭がおかしくなったわけでもない! 家出したっていったの!」
 直子が大声を上げる。その声に驚いて赤ん坊が泣き出した。
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