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第三章

 コーヒーの入ったカップを炬燵に入っている星来の前に置きながら
「飲んだら帰れよ」
 とミノルは言った。
「アンタさ、今日は何の日かくらい知ってるだろ?」
「ん……、男ばっかりの職場の俺にはまず関係の無い日だな」
 その日は二月十四日。世間ではバレンタインデーと呼ばれる日だ。
「私はこういうイベントって全く興味ないんだけどさ。たまたまチョコが手に入ったから食えよ」
 言いながら星来が包みを炬燵の上に置いた。
「まさかお前から貰えるとは思わんかったぜ」
「世間では三月にお返しするんだってな。相場は三倍返しとかって言うらしいけど、それならお返しは六万相当の品物だぞ」
 ミノルは自分が飲んでいるコーヒーを吹き出した。
「じゃあこれ二万か!?」
 叫びながら包みを開けると、中に入っていたのはどこにでも売っている板チョコ。
「おい! これが百円だとして六万のお返しって、三倍どころか六十倍返しだぞ!」
「……六百倍だろ」
 星来はミノルに冷ややかな視線を浴びせつつ、ため息混じりに言った。慌てて頭の中で計算するミノル。
「……そうとも言うな……」
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