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16R 不慮の勝利

「中谷さーん、急いでくださーい!!」
 私は思わず大声を上げた。

 何とか音楽が終わるギリギリにリングイン出来た中谷さん。呼吸もかなり乱れていて、顔は真っ赤に高潮している。よっぽど慌てていたんだろう。
 しかし、いったん試合が始まったら、中谷さんは中谷さんだった。対戦相手は石石コンビの石浦選手。中谷さんよりも小柄だ。以前、小さいレスラーには小さいレスラーなりの戦い方があることを、試合を通じて教えてあげたいと中谷さんが言っていたその相手だ。実際、石浦選手は大柄の相手と戦う時には、最初から諦めているような、投げやりな表情に見える時がある。私が買ったプロレス雑誌に掲載されている彼女の試合の写真も、表情を見る限り完全に心が負けていた。
 しかし、いま初めて見た、生で動いている石浦選手を見る限り、すごく活き活きと試合しているように見えた。確かに中谷さんは石浦選手よりは大きいとは言え、NJWPでは最小、日本女子プロレス界全体で見ても小柄な部類に入る。相手が中谷さん、つまり小さい選手であるお陰で、気負いも無く試合出来るのだろうけど、もしそうだとしたらそれはそれで問題が残る。実際中谷さんと何度も試合している私ですら、本当の大きさ以上に大きく、それこそ私よりも大きく感じる事があるほど底知れないものがある。それが中谷園子というレスラーなのだ。その中谷さんの持つ“大きさ”を感じてしまったら、石浦選手は小さな相手でも投げやりな小心レスラーになってしまう。そのあたり、中谷さんはどのように試合を組み立てているのかが凄く気になり、私はドアの隙間からリングを凝視し続けていた。

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