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14R シュートとセメント

 次の瞬間、ゴキッともボキッとも言えないような、鈍い嫌な音が聞こえたような気がした。一瞬おいて女の人の長い長い悲鳴。思わず私は目を伏せてしまった。
 恐る恐る目を開けると、中山先輩は最初と同じように仁王立ちをしていた。冷ややかな目で足元を見ている。その視線の先には、腕を抱えてうめき声をあげている女の人がいた。
「まだやるか? 右腕も両足も折れていいのなら何度でも相手するぞ。それともやめるか?」
 中山先輩が女の人に対して冷たく言い放った。女の人は額に脂を浮かばせつつ
「……参った……」
 と呟くように言った。
「こっちはこれで飯食ってんだ。あまり嘗めてかかると今度は骨じゃ済まないから覚えとけよ」
 中山先輩はそう言ってからリングサイドに向き直った。
「沙希さん、救急車呼んでやってください」
「おっけー」

 女の人が救急車で運ばれた後、沙希さんが中山先輩の肩をポンと叩いた。
「ご苦労さん。自分から嫌な役を買ってくれたみたいで、悪かったね」
「いいですよ。私はどうせ善玉レスラーにはなるつもりないですから。一般人の腕を折ったなんて悪役を目指す私としては箔がつくようなものですよ」
 言いながら笑みさえ浮かべている中山先輩を見た私は「まだまだ中山先輩には私は勝てそうにないな」と思った。
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