もどる

5R 巡業

 中谷さんがベソかき始めた。
「もうあんたはプロフェッショナルレスラーなの。このくらいで音をあげてたらこの先やってけないよ」
 私はこの会話には加わらずにバスの中を眺めていた。
 あれ? そういえば行きもそうだったけど松田さん達がいない。
「沙希さん、松田さん達はバスには乗らないんですか?」
「対立している敵の軍団と一緒に移動しているところ、ファンに見られたらまずいでしょ。それに彼女達は今日は警察の留置場にお泊りよ」
「け・警察!?」
「試合後の花道でファンを突き飛ばしてカスリ傷負わせたの。即座に110番通報って訳。もちろん打ち合わせ通り、彼女達も同意の上よ。すぐ保釈金払って出して貰うけど、明日は『凶悪軍団ファイナル・エビルはファンに暴行した為警察に逮捕され出場しません』とか会場に貼紙出して休んでもらうことになってるわ」
「打ち合わせって、なんでそんな事するんですか?」
 沙希さんは、当たり前という顔をして
「悪役としての箔を付けるためよ」
 と一言。
「じゃあ突き飛ばされた人はサクラですか?」
「サクラだったら思い切って大怪我させるわよ。今日のは本当のお客様。カスリ傷とはいえ怪我させちゃったのは計算外だったけど。でもこれは私や社長が決めたことじゃなくて、松田さんが言い出した事よ。
前ページ
次ページ