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第八章

「給料日後だからってバカみたいに来やがって……。奥さんや恋人が泣くぞ……って、こっちはそれでお金貰ってるんだから文句は言えないか」
 その日早番だった星来が、夕暮れの住宅街をなにやら呟きながら帰り道を疲れた足取りで歩いている。その日は普段の三倍以上の客をこなしただけあって、タフな星来もさすがに疲れていた。
 もうそろそろアパートに着くというところで、星来は歩きながらバッグから鍵を取り出し、指でクルクル回し始める。部屋に着いてからバッグから鍵を取り出す時間さえも惜しい、すぐに休みたい、という思いが、この動作に込められている。仕事で疲れたときに限ってやってしまう癖だ。
 部屋の前に誰かいた。大きなバッグを床に置いてたたずんでいる女性。
「──よっ」
 その女性は星来に気付くと声をかけてきた。
「……な・直子さん? どうしたの?」
 その女性──直子──はバツ悪そうに苦笑した。
「ちょっとダンナと……ね」
「またケンカ?」
「“また”とは御挨拶ね。ま、その通りだけどさ」
 このとき星来は困惑の表情を浮かべていた。こういう場合、直子の行き先はミノルの家と相場が決まっているからだ。なぜ自分のところに来たのか、星来はそれが解らない。
「アイツは留守だったの?」
 星来が聞くと、直子は首を横に振る。
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