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14R シュートとセメント

「え? あ、その……」
「うわぁ! 愛ちゃん、エッチぃ!」
 私は耳まで真っ赤になってしまった。

「どうしてこの試合がお蔵入りになったんですか?」
 新日本プロレスで行われた、前田日明さんと今は亡くなったアンドレ・ザ・ジャイアイトさんの試合がこのビデオの内容だった。
「アンドレが前田さんにシュートを仕掛けたのよ」
「シュート?」
 中谷さんの説明によると、普通プロレスはお客さんの目も意識して戦うものだけど、道場のスパーリングのように客を完全に無視した試合のことをセメントと言うらしい。客を無視するのだから、試合内容の良し悪しよりも、とにかく勝てばいい、という感じになる。当然、そんなものを客に見せるのはタブーだ。さらに、そのセメントよりも過激なものとしてシュートがある。セメントは客を無視していても、一応は勝ち負けを競うから試合としては何とか成立する。シュートは勝つか負けるかではなく、やるかやられるかの潰しあいで、下手したら試合として成立しないどころか凄惨なものになる恐れがある。レスラーだって人間だ。感情のもつれで、試合にかこつけて本当のケンカになってしまうことも起こりうる。普通は、そういう風にシュートマッチになりそうになったら、他の選手がわざと乱入するなどして試合をぶち壊してノーコンテスト(無効試合)にする。そうすることでシュートになるのを未然に防ぐのだ(よく悪役レスラーが試合に乱入したりする事があるけど、それとは別次元のお話。この場合、“卑怯な乱入”を客に見せるのが
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