もどる |
11R 大技突然だけど、話は十分ほど前に遡る。道場の更衣室でシューズに紐を通している社長に、たまたま更衣室前の廊下を通りかかった沙希さんが気付いて声をかける。「あれ? 社長、どうしたんです、そのカッコ?」 沙希さんの問いに社長は 「久しぶりに体を動かそうと思ってね」 と答えた。 「え? 社長、まさか現役にカムバックするんですか?」 「だ〜か〜ら〜、私ゃまだ引退しとらんっつーに! 怪我で休場してただけだから!」 「でも、その休場するきっかけになった怪我はかなりひどくて、普通の選手ならまず確実に引退するだろうってくらいの重傷だったじゃないですか。足の靭帯完全断裂、アキレス腱も完全断裂、骨に至っては、複雑骨折どころか“粉砕”骨折だったじゃないですか」 「その私よりも軽い怪我で引退する選手が多いでしょ、今のプロレス界は。そして怪我が治った頃に『やっぱりリングに未練があって』とかなんとか言って復帰する選手もたくさんいるじゃない」 「いますね〜」 「華々しく引退イベントやって、ほとぼりが冷めた頃に復帰なんて、ファンを馬鹿にしてると思わない? 私ならその選手に対して、引退試合の感動を返せって怒るよ。だから私は意地でも引退はしなかったわけ。何年かかっても絶対に怪我を治して帰ってくる、だから引退はしない、そう心に決めたんだ」 社長の言葉に沙希さんは一瞬うろたえる。 |
前ページ 次ページ |